東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)147号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 化合物超電導体の特質、欠点、従来の利用形態、技術的課題等に関する請求の原因四の2の事実、本願発明の構成、本願発明に係る化合物超電導撚線の可撓性等に関する同3の事実は、当事者間に争いがない。
本願発明につき更に敷衍すると、成立に争いのない甲第二、第三号証によれば、出願明細書の発明の詳細な説明の項において、化合物超電導体としてはNb3Sn1V3Gaのほか数種のものが知られているが、実用化されているのは 右の二種であるところ、テープ状の化合物超電導体は、十分に薄くすれば、コイル巻きに耐え得る可撓性を有するが、コイル巻きにした場合、請求の原因四、2に述べたような電流が幅方向に不均一に流れるほか、右の不均一による磁場の均一度の低下、臨界電流の異方性による不安定性、大電流容量のもの以外には適さない等の欠点を有し、単線状の化合物超電導体では、右の欠点を回避し得るものの、請求の原因四、2に述べたような脆さのほか、不安定性、臨界電流の長手方向の不均一性等の欠点があつたこと、本願発明は、化合物超電導撚線の持つ利点を強調し、欠点を解消することを目的とするもので、化合物超電導撚線を構成する各素線の外径及びこれら素線を撚り合わせて撚線とするときのピツチについて、種々検討の結果、これらの外径及びピツチをそれぞれ一定の範囲に限定することによつて(具体的には請求原因二の本願発明の要旨のとおり)前記の諸欠点を解消し、特にその製造工程及びコイル巻き工程における曲げ、引張り等による変形に耐え得る可撓性が付与された新規な化合物超電導体撚線を得ることができたものとされていることを認めることができる。
三 ところで、審決が指摘した刊行物(2)ないし(4)に、本願発明の如く撚線の形態をとつた化合物超電導体を開示する記載がないことは当事者間に争いがないから、結局、引用例(刊行物(1)、その記載内容が請求の原因四、4、(一)のとおりであることは当事者間に争いがない。)に、本願発明のような化合物超電導撚線に関する開示記載があるかどうかについて、検討しなければならない。
1 成立に争いのない乙第三号証(引用例)、甲第一一号証(引用例の原典)によれば、引用例の発明者は、化合物超電導体であるNb3Snが元来脆弱な性質であるため、右の欠点をカバーしてNb3Snを使つてソレノイドを作成する技術として、(1) 予めNb3Snを非常に薄く形成すれば、Nb3Snは可撓性を備え、これをソレノイドに直接巻き付けることができる、(2) 導体をニオビウム及び錫の元素状態から製作する、そのために両元素の合金素線をソレノイドに巻き付け、ソレノイドごと熱処理することによつてNb3Snを形成させる、という二つの方法があることに着目したうえ、後者の方法を採用し、請求の原因四、4、(一)の方法により化合物超電導体のソレノイドを作成したものであつて、その具体的方法を摘記すれば、ソレノイドを作るに当り、先ず、ニオビウムの中にジルコニウムが一パーセント入つた合金で直径〇・〇〇三インチ(約〇・〇八ミリメートル)の素線を作り、この素線を七本撚り合わせて、これに一様に錫をかぶせ、さらにこの錫をかぶせたものを七本撚り合わせて素線合計四九本撚りの線を作り、この四九本撚線の表面を石英布で絶縁したのち、これをソレノイド形に巻いて熱処理(九五〇℃で四時間)したところ、各素線の周縁部にNb3Sn(化合物超電導体)が形成され、全断面積の三二パーセントがNb3Snに変化したものを得ることができた、というものであることを認めることができる。この方法によると、熱処理前の、ソレノイド形に巻かれた前記ニオビウムとジルコニウムの合金の素線四九本が撚線の形態をとり、可撓性があつて、自由にソレノイド形に巻きうるものであることは明らかであるが、これを熱処理すると、錫をかぶせた七本撚りの素線相互間ばかりでなく、各隣接する七本撚りのもの相互間においても同様に、各素線の周縁部にNb3Snが形成され、このNb3Snによつて隣接する各素線が相互に機械的に結合され、七本撚りのもの相互間の区分は実質上消滅して、結局、全素線四九本がNb3Snを介して機械的に結合されたことになり、化合物超電導体としてみる限り、撚線ではなく、単線と同様のものになつているというべきである。
この点について、被告は、引用例のものにおいてそれほど多量の錫を用いるとは考えられないから、引用例の各素線の周縁部に形成されるNb3Snは部分的につながることはあつても、全体が単線状を形成するまでに至ることはない旨主張する。しかし、引用例のものでは、前記のように、一様に錫をかぶせた素線合計四九本撚りの線の表面を石英布で絶縁したのち、これをソレノイドに巻いて熱処理をするのであるから、右熱処理の効果は、錫のかぶせられた各素線周縁部の全長にわたつて一律に生ずるものと認めるのが相当である。その結果、前記のように、全素線四九本が前掲甲第一一号証の二四九頁の対向頁図二のような状態でNb3Snを介して機械的に結合されるのであつて、被告が主張するように、各素線が部分的にNb3Snによりつながること、即ち右図のような現象が部分的に起こるということは考えられないところであるから、被告の主張は理由がない。
結局、引用例には、本願発明のような化合物超電導撚線に関する記載があるものとすることはできず、他にこれが周知のものであつたことを認めるに足りる証拠はない。
四 以上述べたところによれば、引用例に本願発明のような化合物超電導撚線についての記載があるとは認められず、また、刊行物(2)ないし(4)にも本願発明のような化合物超電導撚線を開示する記載がないことは、前記三のとおりである。従つて、本願発明に係る如き化合物超電導撚線が引用例及び刊行物(2)ないし(4)の各記載により周知であるとした審決の認定は誤りである。したがつて、本願発明のような化合物超電導撚線が周知であることを前提として、発明の要旨中の撚線要素間の関係式について、技術的意義がなく当業者が実験的に適宜決定し得る範囲のものと判断し、本願発明が周知事実の内容から容易に発明し得るとした審決は違法であり、取消を免れない。
五 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を理由あるものとして認容する。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四七年一〇月一三日、名称を「化合物超電導撚線」とする発明につき特許出願し(昭和四七年特許願第一〇二五九四号、以下、この発明を「本願発明」という。)昭和五四年七月一六日、拒絶査定を受けたので、同年九月二〇日、審判を請求した。右審判請求は、昭和五四年審判第一一一九五号として審理されたが、昭和五六年三月三一日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決があり、その謄本は、同年五月六日、原告に送達された。
二 本願発明の要旨
非超電導性基材を与える線状要素中に複数本の化合物超電導体を与える線状要素を内蔵した複合素線の複数本を撚線とし撚線後に熱処理することにより各複合素線の両線状要素の界面に所望の化合物超電導体を形成してなる化合物超電導撚線において、上記の複合素線の外径をd、化合物超電導撚線の撚りピツチの長さをPとするとき、これらd及びPの値が次の式(1)(2)を満足することを特徴とする化合物超電導撚線。
d<2Ro×ε
20d<P<1000d
但し、εは化合物超電導体が破壊されない許容歪率、Roは前記の化合物超電導撚線を超電導マグネツトに巻装したときの屈曲部の最小曲率半径をそれぞれ示す。